2024年10月、私は鳥取県を走る若桜鉄道に足を運びました。このローカル線は、郡家駅から若桜駅までのわずか19.2キロを結ぶ短い路線ですが、その中には驚くほど豊かな物語と風景が詰まっています。
列車がディーゼルエンジンの音を響かせながら進むたびに、少しずつ現実が遠のき、時間がゆっくりと流れ始めるのを感じました。
郡家駅に降り立つと、すぐにその静けさに包まれます。木造の駅舎は、まるで時代を超えて存在しているかのようで、懐かしい空気が漂っていました。
列車を待つ間、周囲を歩きながら駅舎やホームをじっくり眺めてみました。歴史のある木の柱には、無数の手が触れたであろう痕跡が残り、長い年月を感じさせます。
列車には、若桜と郡家・鳥取を往復している旨が記された行き先表示板(サボ)が掲げられ、これから始まる旅を静かに後押ししているようでした。
列車が到着すると、私は車内に乗り込みました。木製の床が優しい光を反射し、窓から差し込む自然光が作り出す空間は、神秘的ともいえる静けさを持っていました。
天井には吊り革が揺れ、まばらに座る乗客たちは、それぞれの思いを胸に窓の外を眺めています。
車内に響くディーゼルエンジンの音と振動は心地よく、遠くから聞こえる鳥の声や風の音と混ざり合い、この路線ならではの独特なリズムを奏でていました。
車内を歩いていると、前方の車両と連結された部分に目が留まりました。
重厚な鉄板が光を受けて輝き、時の流れを物語るような錆びの模様が浮かび上がっています。その上を歩くと、金属の響きが足元から伝わり、列車と一体になった感覚を味わえました。
ふと振り返ると、一人の男性がカメラを手に車内の写真を撮っている姿が目に入りました。静かにシャッターを切る彼の表情からは、列車やこの風景への深い愛情が伝わってきます。
「いい旅ですね」と言葉を交わすと、彼は軽く頷き、再びカメラを構えました。この列車に乗る人たち一人ひとりが、この瞬間を特別なものとして心に刻んでいるように感じられました。
若桜駅へ向かう途中で
列車は郡家駅を離れ、若桜駅へと向かって進んでいきます。車窓から見えるのは、緑が広がる田園風景や山の稜線、小さな集落です。
何気ないその風景は、都会の忙しさを忘れさせてくれる静けさと安心感を与えてくれます。途中の無人駅に停車すると、一瞬だけ響くエンジン音の静寂が、まるで自然の息遣いと調和しているかのように思えました。
若桜駅までの旅はまだ途中ですが、この路線が持つ魅力はすでに私の心に深く刻まれています。
進むたびに変わる光景と響き、そして乗客や列車そのものが語る物語に、思わず写真を撮り続けてしまいました。
若桜鉄道は、ただ移動するための手段ではなく、時の流れを感じながら自分自身を見つめ直す旅の道具です。
この先の若桜駅で何を見つけるのかを楽しみにしながら、私は車窓の景色を眺め続けました。
若桜鉄道豆知識
若桜鉄道は、鳥取県を走る全長19.2kmのローカル線で、JR因美線の郡家駅と若桜駅を結ぶ第三セクター鉄道です。1987年に国鉄の特定地方交通線廃止に伴い設立され、地域に根差した運営を続けています。沿線には田園風景や小さな集落が点在し、訪れる人々にどこか懐かしさを感じさせる風景を楽しませてくれます。
この鉄道の象徴とも言えるのが、昭和初期に建設された駅舎や鉄橋、トンネルの数々です。若桜駅舎や鉄道施設の一部は国の登録有形文化財に指定されており、歴史の息吹を感じられる貴重な存在です。また、若桜駅にはC11形蒸気機関車が保存展示されており、鉄道ファンにとっても人気のスポットとなっています。
さらに、若桜鉄道は地域住民やボランティアの支えを受けながら運営されています。沿線の駅や車両の清掃や装飾には地元の人々が協力し、訪れる人々を温かく迎え入れる努力が感じられます。こうした地域とのつながりが、若桜鉄道の魅力をさらに高めています。
気動車による運行は、ディーゼルエンジンの特徴的な音と振動が楽しめる点でも特徴的です。観光列車として運行される際には、地元の特産品やイベントが組み込まれることもあり、訪問客にとって特別な体験を提供しています。
都会の喧騒から離れ、若桜鉄道での旅は、ゆっくりと流れる時間の中で過去と現在が交差するひとときを体験できる貴重な機会です。ローカル線ならではの素朴な温かさと、歴史的価値を併せ持つこの鉄道は、訪れるすべての人に新しい発見と心の癒やしを与えてくれます。